漆は、塗料や接着剤として使われてきた「性能素材」です。漆器というと木製木地の椀などが一般的ですが、古くは、紙、竹、布など様々な素材に塗られることで、優れた性能を発揮してきました。ここでは改めて「漆+素材」に向き合い、地域の特色が現れている各地の「椀」、漆の経年変化を美と捉えた「根来」を展観し、漆の多様性を見つめます。
風化の美を表象する「根来」
日本の漆芸には「蒔絵」があり、豪奢かつ精緻な造形は漆芸の一つの極まりをなすものです。「根来」はその対極にあります。黒漆の上に朱漆をかけた簡素・簡潔なもので、鎌倉から室町の時代にかけて隆盛した禅院「根来寺」で、修行僧が用いたものが原型となって広まりました。日用の道具である膳や盆、皿や椀を基本とするもので、長い年月の使用を経て、朱漆が磨り減り剥落して下地に塗られた黒漆が透けて見える風化の妙に、朽ち果てていくものの美しさを顕現させています。いわば生成の美ではなく退行していく風情として、根来の美は見たてられてきました。侘びを表象するものとして、茶室や庭、楽茶碗などがありますが「根来」もその代表的なものの一つとして、ここにとりあげています。
「椀」を産地別に一望する
日本全国には北から南まで様々な漆器があります。木地の加工やその塗り方、色の出し方などは実に様々ですが、いずれも、用の中で磨かれた独特の形を持っています。ここでは産地の多様性とその特徴の一端を展望する意味でそれぞれの産地から「椀」を取り寄せてみました。
北から、青森の津軽漆器、秋田の川連漆器、岩手の浄法寺漆器、福島の会津塗、長野は木曽漆器、石川は輪島塗と山中漆器、福井は越前漆器、和歌山の根来塗、そして香川の香川漆器です。
もちろん、漆は様々な工芸品に用いられていますが、最も身近な「汁椀」として眺めることで、その多様性を実感していただけるはずです。
技能、伝統、古典
漆というと、美しくも傷つきやすく扱いにくい高級な工芸品を想像しがちです。しかしながら、漆は本来様々な素材に塗布されることで、数々の優れた性能を発揮してきました。ここではまず、一旦審美性から離れて、その機能に着目した実験を試みることから、漆をとらえなおしてみることにしました。布に漆を染み込ませて木地に貼り付けて触感を増したり、耐水性を補強したり、抗菌、絶縁、防汚といった機能を強化したり、さらには金継ぎのような強い接着性を発揮したりと、八面六臂の活躍をしてきています。
「伝統の未来」展では、金属、木、紙、ガラス、樹脂、皮革、土など、多様な素材への具体的な適用を通して、漆への理解と、その可能性を探っています。この実験的なパートは小泉誠が担当しています。