春慶塗は箱や盆に特徴がある。生地をロクロでひくような回転体が主流ではない。ならば箱を作る指物で椀を作ってみようと考えた。八角椀はそのような経緯で生まれてきたものである。角張った器といえば樂焼の初代、長次郎の黒樂に「ムキ栗」という茶碗があり、ぼってりと分厚い四角形が記憶にあった。側面は垂直面をなし、まるで箱のようであるが、裾はすっとすぼまり高台に収斂している。高台も四角である。そのユニークな形が頭に浮かび、そんな形なら指物の技術でできるのではないかと考えた。ただ、四角だと汁を啜るには不都合なので、八角形にして実用性を持たせている。
これは平面の板から立体に立ち上げていく椀である。木地師の西田さんは、図面を見た当初は当惑されていたようだが、最後には、ぴしりと端正な八角の椀に仕上げてくれた。漆を塗る前の、生地のままの八角椀は、まるで神事に供される器のように神々しく潔癖な印象で、日常使いの器としては硬質すぎるように思われた。しかし塗師の滝村さんの塗りによって、椀は半透明性を帯びた黒い塊に変容しており、まさに作りたかったものがそこに顕現していた。図面通り仕上がっていく冷たい工業製品と異なり、職人の手を幾重にも通す工芸品は工程を経るほどに血が通い完成度を深めていく。